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広島高等裁判所松江支部 昭和32年(ネ)82号 判決

控訴人 米子税務署長

訴訟代理人 加藤宏 外六名

被控訴人 山崎巌

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴指定代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は左記のほか原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

左記〈省略〉

理由

控訴人が昭和二九年三月二七日被控訴人に対し昭和二八年度の所得金額を(イ)配当所得金一五〇七六円(ロ)事業所得金七〇六九円(ハ)給与所得金二二八二八〇円(ニ)農業所得金一一六五〇〇円合計金三六六九二五円と更生し、その頂その旨通知し、被控訴人が同年四月二四日右更正処分について再調査を請求したに対し、控訴人が同年六月四日法定控除について訂正し、税額の一部について取消決定をしただけで被控訴人の右請求を棄却し、同月一五日その旨通知をしたこと、ならびに被控訴人が同年七月五日控訴人に対して右再調査決定と更正処分について重ねて再調査の請求をしたところ同年八月一七日棄却されたので、同年九月一四日広島国税局長に対して審査請求をしたが、同国税局長が昭和二一年一月二一日被控訴人の右請求を棄却しその旨被控訴人に通知をしたこと、は当事者間に争がない。

被控訴人は前記(二)農業所得金一一六、五〇〇円は農業の経営者である妻於幸に帰属すべきものであると主張し、控訴人は右主張事実を否認し、右は被控訴人に帰属するものであると主張するので考察するに、

被控訴人が二三年間の教員生活をやめて昭和一八年九月鳥取県西伯郡県郵便局長に就任し現在に至つていることは当事者間に争がなく、右事実に成立に争のない甲第四号ないし第八号証第一四号証の二第一五号証の二、三第一六号ないし第二二号証の各二第二三号証の二、三、四第二四号証の二第二五号証の二ないし六第二六号証の三、四、六第二七号証の二、三、七、八第二八号証の三ないし六第二九号証の二第三〇号証の二、三第三一号証の二、三、五第三一号ないし第四二号証第四三号証の一、二第四四号証の一ないし四乙第二号証第一七、一八号証第六五号証の一、二、三第七五号証原審における証人影山嘉車、内田繁雄の各証言の一部、原審ならびに当審における証人山岡太一、後藤宗の各証言被控訴人本人の各供述、被控訴人本人の原審供述により成立を認めうる甲第一二号証の一、二を総合すれば、

(一)  被控訴人は成年の頃から教員生活をしていたので妻於幸が結婚(三十数年前)以来、農業を営んでいた父を補助していたところ、父の老令に赴くに伴いその経営は次第に於幸の手に委ねられ逆に父夫婦がその手助をするようになつた。被控訴人は昭和一八年四月頃二三年間の教職を去つたけれども間もなく前記郵便局長に就任したので、被控訴人家の営農関係には影響がなかつたのみならず、農業に従事する筈であつた被控訴人の長男は昭和二〇年に戦死し、次いで昭和二三年度に父が死亡(当時七九年)したので、その後は全く於幸が主体となつて農業経営に当り長女、次男(郵便局員)の妻等に手伝わせ、農繁期には人を雇入れ、もつて田六反六畝余歩畑約三反歩を耕作して現在に至つた。

(二)  被控訴人は終戦後農地開放に際し田地約一〇町歩を買収されたので、家政方針を立て直さねばならなかつた折柄、昭和二五年四月頃改正所得税法の説明会に出席して被控訴人の俸給所得と事実上妻の経営になる農業所得を分離して課税されることができ、それによつて税額が減少することが判つたので、妻於幸と相談の上昭和二六年度から家計上も両者の所得の帰属を判然と区別して管理する方がかえつて各自の責任で生計費を節約することとなる上に納税負担の軽減ともなるのでこれを実行に移すことになり、同年度以降於幸がその名義で主要食糧を供出しその代金の支払を受け、同年頃から被控訴人に代り新生農業協同組合の組合員となり、農業用資材肥料代金、雇入人に対する賃金等は於幸の農業所得のうちから支払つているのであつて、昭和二八年度においても於幸がその春小麦裸麦各三俵、ビール麦八俵を、一〇月二九日陸糯米二俵、一一月二〇日水稲玄米二八俵を供出し、その都度各代金の支払を受けている。

(三)  被控訴人の居村である旧県村(現在町村合併の結果伯仙町)は村民税の賦課について課税総所得金額を課税標準としていたものであるところ、被控訴人家の農業経営の主宰者は妻於幸であつてその所得は同人に帰属するものと認定し、村民税として昭和二六年度に金一、〇八〇円、昭和二七年度に金一、三〇〇円、昭和二八年度に金一、二七〇円をそれぞれ賦課徴収している。

(四)  被控訴人は国家公務員として元来妻於幸について扶養手当の支給を受けることができるものであるところ、昭和二八年度於幸に事業(農業)所得があるので扶養親族の認定を受けず、従つて扶養手当の支給を受けていない。

(五)  被控訴人は郵便局長としてその職務に専念しなければならずまた勤務時間の定めがあるので、農業の主宰者として現実にこれに従事する時間的余裕がなく、休日勤務時間外等に農事の手伝をする程度にすぎない。

(六)  昭和二八年頃の被控訴人方の家族構成人員は四名(大人)であり被控訴人の年間俸給額金二二万余円と農業所得金一一万余円によつて一家の生計が維持されていること。

(七)  控訴人が昭和二六、二七両年度とも被控訴人の俸給所得と於幸の農業所得を分離してそれぞれ所得税を課し、於幸が昭和二八年度第一、二期分の所得税を納付していること。

等の各事実を認定することができる。

右認定事実によれば、本件農業所得の源泉は被控訴人所有の農地であるけれども、これを現実に耕作し収益をあげているのはその妻於幸であつて、収益の帰属も所有者である被控訴人の承諾の上で於幸に帰属しているのであるから、時に被控訴人が自ら勤務の余暇に耕作しまたは雇人の指図をすることがあつたとしてもそれは被控訴人が世帯主としてこれを支配するというよりも妻於幸の補助者としてするものと解するのを相当とすべく他方この農業による収入は一家総収入の三分の一に達しているので、夫が俸給によつて一家の生活を維持し妻が家事とともに農耕に従事する場合とその趣きを異にしているのであるから、被控訴人方の農業の主宰者は妻於幸であると認めるのが相当である。

そして事業所得はその事業の主宰者に帰属すると解すべきであるから、被控訴人方における昭和二八年度農業所得は農業の主宰者と認められる妻於幸に帰属するものといわねばならない。

原審証人内田繁雄、上坂賢一の各証言は前記各証拠に照し未だ右認定を覆すに足らない。

(イ)  成立に争のない乙第二九号証第三一号証によれば、県村村長が昭和二七、二八年度産米について被控訴人に対い買入割当額を決定した事実を、同乙第三〇号証の一、二第三二、三三号証の各一、二第三四号証第三八号証の一、二、三第四〇号証の一ないし五第四四号ないし第四七号証の各一、二によれば訴外新生農業協同組合備付の昭和二七年度産米供出台帳、昭和二八年産ビール麦耕作台帳、同出荷予定台帳、同ビール麦受渡実績表、昭和二七年二八年度水稲共済掛金徴収簿、麦共済掛金徴収簿中にそれぞれ被控訴人の名が登載されており、昭和二七年二八年度の各奨励金請求書に被控訴人名義のものがある事実をそれぞれ認めることができるけれども、前顕甲第二一、二二号証の各一、二第二三号証の一ないし四第二四号証の一、二第二五、二六号証の各一ないし六の前記組合備付の書類等によれば於幸が昭和二七、二八年度産米麦等をその名で供出しその代金の支払を受けている事実を確認することができ、証人山岡太一の当審証言によれば後記の如く右組合の職員において被控訴人が同組合を脱退した後もその名のままで事務を処理していた事実が窺われること等にかんがみるときは右乙号各証は前記認定を覆す証拠資料とするに足らない。

(ロ)  成立に争のない乙第三五、三六、三七号証の各一、二によれば、前記組合備付の昭和二九年産ビール麦耕作台帳、同ビール麦見本出品者名簿、ビール麦耕作反別調の各書類中に被控訴人の名が登載されているけれども、前顕甲第二七号証の二、三、七、八によれば於幸が昭和二九年度産主要食糧の供出をした事実を認めることができ、また本件係争年度に関するものでないこと等を考慮すれば右乙号証は前記認定を左右するに足らない。

(ハ)  成立に争のない乙第三九号証の一、二第五二号証の一ないし五第一六号証の一、二第一九号証の三第二〇号証第四九号証の一、二第五四、五五号証の各一、二第六一、六二号証第六三号証の一、二第六六、六七、・六八号証第七〇号証の三等によれば、前記組合備付の昭和二八年度以降の書類に被控訴人の名が登載され、また被控訴人名義で預金の払戻の行われた事実のあることを認めることができる。しかし前顕甲号各証証人山岡太一の当審証言被控訴人本人の当審における供述を総合すれば、被控訴人が右組合を脱退した当時組合の書類中の被控訴人の名を於幸に書き換えるべきであつたところ、右組合は常勤職員として組合長一名事務職員一名であるに加え職員が数回交替したため整理も不行届であり、かつ間違つて被控訴人の名を用いて事務を処理した結果前記のように組合備付の書類に被控訴人の名が記載されるに至つた事実が認められるので前記乙号各証は前記認定の妨げとならない。

その他控訴人の全立証によるも右認定を覆えしその主張事実を認めるに足らない。

そうすると控訴人が被控訴人の昭和二十八年度所得金額のうち前記農業所得金額一一六、五〇〇円を含めて金三六六、九二五円とした更正処分は右農業所得金額の部分について違法であるといわねばならない。従つて右更正処分の金額を右農業所得額を除いた金二五〇、四二五円と変更することを求める被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

よつて右同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 藤田哲夫 熊佐義里)

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